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歴史の隙間に埋もれた漂泊の芸能者たちの実像を追いかけています
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鏡開きも終わったところですが、正月の話をとりとめなく。

この年末年始に放送されたテレビ番組で、正月にまつわる豆知識がいくつか紹介されました。
その中で私が一番気になったのは、
『初夢に見ると縁起がいいとされる「一富士ニ鷹三茄子」に続く言葉は何か?』
…というもの。その答えは「四扇五煙六座頭」でした。
ただしこれは地域によっていろいろなパターンがあるようですが、その中で比較的有名なバージョンが「扇・煙・座頭」らしいです。

扇は末広がり、煙は上昇する、だから縁起がいい。
で、六番目になぜ座頭かといえば、「座頭には毛がない → 怪我ない」というシャレで、つまり家内安全ということ。日本人が好きな言葉遊びですね。

恥ずかしながら初耳でした。
そして気になったのは、なぜここで座頭が出てくるかということです。
同じ坊主頭なら僧侶や医者もいるだろうに、座頭があがってくる。
それはきっと、かつての日本人にとって座頭は親しみを感じる存在だったからではないでしょうか。そのことが興味深く感じたのです。

そもそも座頭とは、室町時代から江戸時代にかけて存在した、男性盲人の組織「当道座(とうどうざ)」における階級のひとつでした。
「検校(けんぎょう)」「別当(べっとう)」「匂当(こうとう)」「座頭(ざとう)」の四つがあって、座頭は一番低い位だそうです。
『平家物語』(平曲)を語る琵琶法師から始まったということで、当道座に所属する者たちは僧の姿、つまり坊主頭であったと考えられます。
江戸時代には平曲の人気は下火になりましたが、当道座の者たちは三味線・琴・鼓弓などに手を伸ばし、芸の幅を広げたようです。また按摩や針灸を職業とする者も多く、さらに金融業に関わる者も出てきました。
「座頭」と呼ばれる存在は、市井の人々の近くに息づいていました。
それは都市に限ったものではなく、山村漁村でも同様であったと考えられます。琵琶や三味線を持って語り芸を見せる芸人として、あるいは按摩さんとして、各地を旅歩く座頭が多くいたからです。

「ザトウクジラ」の由来は、琵琶を背負った座頭に姿が似ているからといわれています。「座頭鯨」なのです。
また昔話にも、座頭が登場する物語があるようです。テレビアニメ『まんが日本昔ばなし』においても「狐の嫁取り」「座頭の木」という話に座頭が登場します。
座頭といえば忘れちゃいけない映画『座頭市』の主人公・市は盲目の侠客です。そして『座頭市』は子母沢寛が1948年に書いた短編小説が原作であり、「座頭の市」には実在のモデルがいたそうです。
こうしたエピソードからも、座頭が身近な存在だったことがうかがえます。

僧の姿をした盲目の芸人の中には、座に所属しないフリー芸人もいたかもしれません。しかしそんな者たちもまとめて「座頭」と呼ばれていたようです。
以下は想像を含む話です。
四つの位のなかで一番低い座頭は平社員のようなもので、要するに数が一番多く、庶民とふれあうこと事も多かったのではないでしょうか。
だからこそ人々の間で座頭の名が浸透していき、当道座とは関係ない場合でもそう呼ばれるようになった気がします。僧形であり盲目である者の総称のようになったのです。

中世から近世にかけての日本には、すべて把握するのは不可能なほど多種多様な芸能者が生きてました。しかし彼らは文明開花の後、衰退し、世間から忘れられていきます。当道座も明治初期に廃止されました。
こうした状況のなかで座頭は、『座頭市』という作品の偉大さもあって、かろうじて現代人にも認識される数少ない旅芸人の一つとなっています。
その事実もまた不思議で心引かれるのです。


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