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歴史の隙間に埋もれた漂泊の芸能者たちの実像を追いかけています
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九十九折りの道を登って

鞍馬に行きたい理由の半分だったはずの街道探索は早々に切り上げ、祭の会場に向かいます。本殿は山の中腹にあり、ケーブルカーという方法もありますが、ここは歩きを選びました。

九十九(つづら)折りと呼ばれる、ジグザグに折れ曲がる坂道を登ります。
ガイドブックには難所と紹介されているところです。運動不足の私は覚悟していましたが、案外スイスイ登ることができました。しかしその後、鞍馬寺の手前にある由岐神社の、傾斜がきつい階段を登っている途中から足が重くなり、クラクラしてきたのでした。

息を切らしながら明るいうちに本堂の前まで到着。
そこで二頭の虎の像が出迎えてくれました。狛犬ならぬ狛虎といったところでしょうか。正式には「阿吽の虎」。本尊のひとつである毘沙門天の使いなんだそうです。

本堂の前には広い庭があり、比叡山が望めます。
ここにはすでに結構な人数が集まっていました。アバウトですが50~100人くらいだったと思います。ほとんどの人がウィンドブレーカーにリュックサックという、軽い山登り風の出で立ちでした。
駅前の人気の無さが嘘のようです。ただ単に、私が着くのが遅かっただけかもしれません。

少し休むとすぐに疲れはとれ、祭が始まるまで時間もあったので、奥の院に行ってみることにしました。本堂の横に木戸があり、その向こうに奥の院に続く山道が伸びていた記憶があります。
てくてく登っていくと、道の途中に大きな立て看板がありました。

『危険 女性の一人歩きはやめましょう 〈下鴨警察署〉』


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【2015/06/19 23:43】 | 紀行
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また細かい話なんですが、自分が「昔話とは固定されたものではなく変化するものだ」ということを知った瞬間を覚えています。

子供の頃、ある日曜日の朝。「兼高かおる世界の旅」を見ていた時のこと。ヨーロッパのどこかの国の人形劇を紹介しながら、兼高さんが「シンデレラ」について語りはじめました。

曰く、
「シンデレラを誰が書いたかというと、日本人のほとんどはグリムかアンデルセンだと思っているんですけど、今の日本で知られてるシンデレラの作者は、ペローなんですの」

この話を聞いた瞬間、結構ショックを受けたのを覚えています。ついでに「ペローって誰よ!」という怒りにも似た感情も湧いてきました。
ペローさんには失礼なんですが、外国(=欧米)のおとぎ話を作った人と言えば、グリムかアンデルセンの名前しか聞いたことがなかったので。

兼高さんは、さらにこう続けました。
「そもそも、一口にシンデレラといっても、各地にいろんなパターンのお話があるんですの。日本でおなじみのストーリーは、その中の一つなんですの」

なにしろ30年近く前の記憶なので怪しいのですが、おおよそこんなところだったと思います。

今ちょっと調べた限りでは、シンデレラの類話は500はあるようです。
その中で、
〈魔法使い〉〈カボチャの馬車〉〈ガラスの靴〉
など、おなじみのアイテムが揃うのは、ペローが書いた童話なのです。
グリム版はディテールが微妙に違います。それに少し残酷。

シンデレラは一つじゃない。私が知っている物語は、たくさんあるバージョンの中の一つに過ぎない。
どうやら「昔話」は変化を繰り返すものらしいという事実を知った瞬間でした。


ところで皆さんはシャルル・ペローをご存じでしょうか。書店に並ぶシンデレラの絵本の表紙には、確かに彼の名前があります。その割に、なぜかマイナーな印象です。

シャルル・ペローは17世紀フランスの詩人で童話作家。ルイ14世の側近であり、貴族の娘たちに物語を読み聞かせる役職についていたそうです。そしてペローは古い民話を収集して本にしました。その中の一つにシンデレラがあります。
「眠れる森の美女」や「長靴をはいた猫」もペロー版が有名ですし、ディズニーや東映動画のアニメもぺローが原作になっています。

民話を集めたという点はグリム兄弟と共通します。(アンデルセンは創作童話)
しかし、グリム兄弟が出来るだけ話の原形を残すことを信条としたのと違い、ペローは読者が読みやすいように脚色することもありました。特に女の子が好みそうなロマンチックで可愛らしい味付けが多かったようです。
原形から離れたかもしれません。しかしその味付けが、ペローの作品が現代人にも親しまれる要因になったのではないか。そんな気がしています。


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【2015/06/19 03:32】 | 旅芸人と私
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文字通りの見切り発車だったとはいえ、自分なりに旅芸人のしっぽの先をつかんだ感覚があってはじめたブログですが、あっという間に、しっぽは私の手をするりとすり抜けていきました。

しかしそれでも、旅芸人の背中が小さく見えている間は、地道に追いかけたいと思います。
亀に並ぶスピードで。

↑なんか偉そうなこと書いてますが、私自身がフィールドワークするわけでなく、先人が積み重ねてきた知識を、掻い摘んで並べ直すだけなんですけどね



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【2015/06/19 02:25】 | 旅芸人と私
|
昔話を調べるきっかけとなった作品というのは、そのものズバリ、“昔話の絵本を書く”という仕事でした。
私は絵は書けませんから、文章を書くのみです。

桃太郎、金太郎、浦島太郎、かぐや姫、鶴の恩返し、牛若丸……

といったスタンダードな昔話を、ひねらずストレートに描くことが求められました。 もちろん、既存の絵本をコピペするような真似は許されません。

そんなわけで、まずは集めた資料と、自分の記憶を頼りに書き始めることになりました。
そして準備が整い、

「むかしむかし あるところに」

と書きかけて、ふと思いました。

「“むかしむかし”って、いつのことだ?」

伝説や神話は、おおよその時代が特定できますが、たいていの昔話は、
「むかしむかし あるところに…」
と語るだけで時代と場所は曖昧です。

素直に考えれば、昔話の舞台となる時代は江戸時代以前でしょう。
ただし、これら昔話も、江戸時代の人々にとってはすでに“遠い昔の話”だったと思われます。

例えば桃太郎は絵草紙(江戸時代の絵本)が出版されていますが、、絵草紙になる遙か前から、各地でいろんなパターンの桃太郎が語られていました。
これは桃太郎に限らないことです。

ということは、昔話の舞台は室町? 鎌倉? 平安?
あるいはもっともっと昔?

江戸時代と平安時代とでは人々の服装も、村や町の景色も、かなり違ったでしょう。さらに同じ日本でも、北と南では、今以上に文化の違いが大きかったと考えられます。

つまり「昔の日本」の姿はひとつじゃない。
現代人が昔話を聞いて思い浮かべる風景と、その話が生まれた場所の実際の風景は、まったく違うものである可能性があります。

それまで当たり前にあって疑問を持たずにいた昔話に、ある種の違和感を覚えたこの時が、自分の中で昔話の存在がふくらんだ瞬間でした。


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【2015/06/01 03:02】 | 旅芸人と私
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