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歴史の隙間に埋もれた漂泊の芸能者たちの実像を追いかけています
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声聞師とは何者か?

以前の記事で、試しにざっくりまとめてみましたが、時代によってさまざまな顔を見せていた彼らを、きちんと一言で表すのは難しそうです。手始めに、今わかる限りの断片的な情報を羅列してみます。


・漢字表記は「声聞師」または「唱門師」「唱聞師」「唱文師」。
・読みは「しょうもんじ」または「しょうもじ」「ともじ」。

・中世から江戸時代にかけて活動した門付け芸人。芸を見せ物乞いをした。

・もともと「声聞」は、仏の道を修業して悟りを開いた人を意味していたが、 中世なかばから、下級の俗法師を一般に声聞師と呼ぶようになった。

・金鼓(きんく)を打ち鳴らし、経文を説いた。
・曲舞(くせまい)を舞った。
・万歳や説経も行っていた。
・祈祷や占いも行った。

・土御門家の支配下にあった下級陰陽師・民間陰陽師でもあった。 陰陽寮に勤める公務員の陰陽師とは別の存在。 (土御門家は明治の初めまで、全国の陰陽師を支配していた)
 
・平安時代から京都に村があった。しかし秀吉と土御門家の諍いの影響で、京都を追い出されることになる。

・室町時代には大きい寺社に隷属して、警固・掃除・土木工事などの仕事に従事していた。 奈良の興福寺が代表的で、奈良には五カ所・十座の声聞師グループがあった。そして猿楽・鉢叩き・アルキ巫女など「七道者(物)」と呼ばれた雑芸能者を、その傘下においた。 (七道者とは「六道の外を歩く者」であり、「あらゆる道を歩く《道の者》」であるという)

・出雲阿国も、声聞師の傘下にあった「アルキ巫女」だったという説がある。

・散所(さんじょ)や河原にたむろする芸能民の総称でもあった。 (散所は、寺社などの本所に支配される地)

・江戸時代には乞食と同一視された。身分は非人。



主な参考資料:
 小沢昭一 『ものがたり 芸能と社会』(白水社)
 沖浦和光 『日本民衆文化の原郷 被差別部落の民俗と芸能』(文春文庫)
 沖浦和光 『旅芸人のいた風景 遍歴・流浪・渡世』(文春新書)
 沖浦和光 『「悪所」の民俗誌 色町・芝居町のトポロジー』(文春新書)
 海野弘 『秘密結社の日本史』(平凡社新書)
 林淳 『近世陰陽道の研究』 (吉川弘文館)
 武田正 『昔話の発見―日本昔話入門―』(岩田書店)


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【2015/04/24 10:11】 | 旅芸人の種類・分類
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一応、文章を書くことを本業としている人間なので、こんなことを言うのは恥ずかしいのですが、私、活字が苦手です。
本を読むのがとても遅い。読書量も決して多くはない。

そんな私ですが古典文学には興味があり、ほんの少しだけ、勉強していたりします。
子供のころから好きなのは「古事記」。
大人になってかじったのは「平家物語」「平治物語」や「今昔物語」「御伽草子」。
どうやら“軍記物語”や“説話集”と呼ばれるものに惹かれる傾向があります。

そしてある時、これらが当初は本として出版されたのではなく、人が人に語り聞かせ、伝わっていった物語だったと気付きます。
現代の小説とは、そこが大きく違います。

また古典とはちょっと違いますが、「遠野物語」にも心惹かれます。
これも、もととなっているのは、遠野の地で語られてきた昔話や噂話でした。

厳密にいえば例外もありますが、古の物語は、ほとんどが文字ではなく口伝えで受け継がれてきました。
旅芸人が持ち歩いた物語もあったでしょう。
それを後の世の人が、何らかの思いを持って紙に記録したものが、本の形で残っているのです。
これ自体はとても価値あるものですが、紙の上に定着した物語の姿は、それが生まれた時のものとは大きく変わっているはずです。

口から耳へ、耳から口へ。
形があるようでない、おそらく語るごとに変化していった、生き物のような物語。

旅芸人ととも、そんな物語の姿も追いかけていきたいと思います。









【2015/04/12 21:54】 | 旅芸人と私
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陰陽師と漫才師。
まったく関わりなさそうに見えるこの二つが、実は細い糸で繋がっています。

今も盛んな漫才の元となった芸が、正月に家々を回り、祝福の言葉を述べて舞う門付け芸の「万歳(まんざい)」であることは、ご存知の方も多いと思います。

さらにこの万歳の源は、平安中期に存在した「千秋万歳(せんずまんざい)」であり、これをそもそも行っていたのは「声聞師(しょうもんじ)」と呼ばれる人々でした。

声聞師とは何者か? 
ざっくりまとめると、「芸能の徒」であると同時に「民間の下級陰陽師」であった存在です。
土御門家の支配下にありました。

室町時代には京都に声聞師の村があり、そこから毎年正月には御所に参上して、千秋万歳を舞ったそうです。
普段は陰陽師として、祈祷や占いを行っていました。
彼らにとって芸能は、陰陽師の仕事の一つだったともいえるのかもしれません。

また声聞師は、中世から近世にかけて盛んだった「説経(せっきょう)」という語りの芸を、古くより行った者たちでもありました。

漫才に繋がる万歳、そして説経のはじまりは、陰陽師(声聞師)が行う芸能だったのです。


主な参考資料:
 小沢昭一 『ものがたり 芸能と社会』(白水社)
 沖浦和光 『旅芸人のいた風景 遍歴・流浪・渡世』(文春新書)
 林淳 『近世陰陽道の研究』 (吉川弘文館)



【2015/04/07 23:31】 | 旅芸人の種類・分類
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