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歴史の隙間に埋もれた漂泊の芸能者たちの実像を追いかけています
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2017(平成29)年の五月満月祭(ウエサク祭)は、今夜、5月10日の夜7時から行なわれます。
つまりもうすぐスタートです。今年もたくさん人が集まっていることでしょう。
京都は雨が降っているとの情報もありますが、晴れてお月様が見えるといいですね。

ところで暦には11日が満月と書いてあります。完全な満月になるのは明朝6時42分頃です。
ですから11日の夜だと、満月が終わった後になってしまうので、今夜のうちに祭を行なうそうです。

一連の記事を書き始めて3度目の、五月満月祭になってしまいましたが (//>ω<)
粛々と書き続けます。

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いよいよ祭の始まりです。
しかし、実は、肝心の祭本番の記憶が一番薄れています……。

ひとまずは祭のプログラムを書き写してみます。
こちらは鞍馬寺発行の小冊子に掲載されたものですで、確実です。
ただし、あくまでも2005年頃の内容だということは、ご留意ください。


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五月満月祭次第

第一部 地鏡浄業(きよめ)午後7時

 梵鐘 七点
 銅鑼 三点
 入堂
 銅鑼 三点
 迎神
 「お力の宝棒」を迎える
 献供
 祈願「魔王尊に祈る」
 「消えぬ灯」を大燭台に点灯
 満月に清水を捧げる
 満月に献華
 祈念「目ざめの詩」
   「大祈願」
   「般若心経」
   「尊天幸福への祈り」
 「お力の宝棒」にて加持
 「お力の宝棒」を捧げて退出
 明水を参加者にお授けする
 

第二部 月華精進(はげみ)午後10時

第三部 暁天明覚(めざめ)未明3時

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インターネットの情報によると、現在は、一般人が参加できるのは22時までと限定されているようです。
祭の内容も1部の中にぎゅっとまとめられているのでしょうか? 
それとも22時以降は、鞍馬寺の人達のみで行なわれているのでしょうか?
ともあれ、今となっては、この「五月満月祭次第」も貴重なものかもしれません。

つづく


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【2017/05/10 18:59】 | 紀行
|
昨晩(2016年5月21日)のきれいな満月は、家からも眺めることができました。
今年も鞍馬寺では五月満月祭が行われたようです。
ちなみに、厳密にいえば今年の「完全な満月(?)」は、22日の午前6時14分なんだそうです。

というわけで前回の投稿から、ひどく間があいた上、祭も終わってしまいしたが続きを書いていきたいと思います。
(この先、特に珍妙な事件はおきません。ダラダラと記録していきます)

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『危険 女性の一人歩きはやめましょう 〈下鴨警察署〉』

この立て看板があることは、酒井順子さんの著作『枕草紙REMIX』で情報を得ていたので、さほど驚きません。むしろ「本当にあるんだ」と軽くワクワクします。
それより、立て看板の近くにある「熊に注意!」「毒虫に注意!」の看板のほうがビビりました。
普段見慣れない「毒虫」の文字のほうが恐い。熊は、人の多い場所は避けそうだけど、毒虫は隙を見て刺されそう。

なんてことを考えていると、通りがかった一人の女性に声をかけられました。
「おひとりですか? よかったら一緒に歩きませんか?」
というお誘いでした。「女性の一人歩きは……」を見て不安になったようです。自分と同じ年頃の女性なのもあって、特に抵抗はなく、一緒に歩くことにしました。

この辺から記憶が曖昧になりますが、とにかく奥の院までは行ったと思います。牛若丸が修行したという木の根道を歩き、義経堂の前を通りました。

奥の院の前にたどり着いたときだったと思います。お堂の前に、大きな杉の木が何本も並んでいました。
その一本に、道連れになった女性が手を触れ、目を閉じました。
そして「すごく強い気を感じます……」といったようなこと言われました。
聞くと、その方は趣味でレイキとか気功とか、そういった類のことをやられいるそうです。(ここも記憶が曖昧…)
私はといえば、その方面は鈍感です。なのに、その場のノリで「そう、ですね」と言ってしまいます。そんな気もしてきます。
しかし見えない力を敏感に感じとることは出来なかったのが、実際のところです。
ガイドブックにも「鞍馬山に足を踏み入れた者は、誰しも霊的な力を感じるだろう」みたいなことは書いてあるんですが、残念。

この日は祭で人も多いこともあってか、熊や毒虫には会わず、何かに拐かされることもなく、無事に本堂の前に戻ることが出来ました。
ちょうど日が暮れ、祭りが始まろうとするときです。ここからは一人行動に戻りました。

参加者は本堂前の広場に集まっていました。人々の手には、事前に配られたロウソクがあります。
蓮の花をかたどったらしい紙製の器の中にガラス容器があり、その中にピンク色のロウソクが収まっていました。

そして、昼間はどんよりしていた空を見上げると、雲が晴れた夜空に、満月がくっきり顔を出していました。
漆黒の空に白い月が煌々と輝いている。
まさにそんな様相でした。何より、雨も降って十中八九拝めないと思っていた満月が、祭りの始まりと同時に、当たり前のように姿を現したのは、なんとも不思議でした。軽く鳥肌が立ったかもしれません。
個人的には、この日のハイライトでした。

つづく



【2016/05/22 06:46】 | 紀行
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九十九折りの道を登って

鞍馬に行きたい理由の半分だったはずの街道探索は早々に切り上げ、祭の会場に向かいます。本殿は山の中腹にあり、ケーブルカーという方法もありますが、ここは歩きを選びました。

九十九(つづら)折りと呼ばれる、ジグザグに折れ曲がる坂道を登ります。
ガイドブックには難所と紹介されているところです。運動不足の私は覚悟していましたが、案外スイスイ登ることができました。しかしその後、鞍馬寺の手前にある由岐神社の、傾斜がきつい階段を登っている途中から足が重くなり、クラクラしてきたのでした。

息を切らしながら明るいうちに本堂の前まで到着。
そこで二頭の虎の像が出迎えてくれました。狛犬ならぬ狛虎といったところでしょうか。正式には「阿吽の虎」。本尊のひとつである毘沙門天の使いなんだそうです。

本堂の前には広い庭があり、比叡山が望めます。
ここにはすでに結構な人数が集まっていました。アバウトですが50~100人くらいだったと思います。ほとんどの人がウィンドブレーカーにリュックサックという、軽い山登り風の出で立ちでした。
駅前の人気の無さが嘘のようです。ただ単に、私が着くのが遅かっただけかもしれません。

少し休むとすぐに疲れはとれ、祭が始まるまで時間もあったので、奥の院に行ってみることにしました。本堂の横に木戸があり、その向こうに奥の院に続く山道が伸びていた記憶があります。
てくてく登っていくと、道の途中に大きな立て看板がありました。

『危険 女性の一人歩きはやめましょう 〈下鴨警察署〉』


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【2015/06/19 23:43】 | 紀行
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2005年の五月満月祭の紀行文(のようなもの)、
自己満足のための備忘録とはいえ、放りっぱなしで心苦しいです。
と言いつつ、鞍馬つながりで義経と芸能そして旅芸人との関係を考察したい…と、さらに風呂敷を広げてみたり。性懲りもない人間であります。

期限については大口はたたかず、来年の五月満月祭までに終わらせることを目標にします(^_^;




【2015/05/17 19:05】 | 紀行
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鞍馬駅から鞍馬街道へ

行き当たりばったりの旅で、本当は昼前に京都に着いて軽く観光をしてから鞍馬山に登るつもりが、京都に着いたのは午後2時~3時あたり。
すぐに鞍馬寺を目指しました。

この日の京都は時折小雨が降るような曇り空。
こりゃ、せっかくの満月は拝めないかもなと少々がっかりしながら、ガイドブックを頼りに叡山電鉄の出町柳駅にたどり着き、鞍馬行きの電車に乗りました。

車窓から見える景色は、緑がしっとり雨に濡れ、まさに深山幽谷といった風情。
この時には、月は見えなくても雰囲気だけ味わえればいいやと、開き直っていました。

電車が鞍馬に着いたのは午後4時近くだったと思います。
鞍馬駅の改札を出た瞬間、頭に浮かんだ言葉は、
「あれ、私、タイムスリップした?」
アホみたいですが本気でビビりました。
平安時代とまでは言わないが、昭和三十年頃で時が止まった村に迷い込んだ錯覚に陥ったのです。

京都駅周辺とは空気が違いました。
派手なのぼりや看板は見当たらず、祭の日だというのに人はまばら。
にぎやかな清水寺の参道などとは違う趣きです。 ふしぎなほど観光地化されていないように感じました。

駅前には数件、土産物屋がありました。落ち着いた店構えです。
おぼろげに覚えているのは木造の古い建物。焦げ茶色の外壁、格子戸。
店先に飾りか土産か、天狗の面が飾られていた記憶があります。あとピンク電話も。

当然ながら、すぐに今は平成の世だと気づき、足を進めます。
先に鞍馬街道に向かいました。鞍馬川に沿って伸びる道を花脊方面へ歩いていくと、数人の観光客とすれ違いました。

この道の様子は、司馬遼太郎さんの『街道をゆく』シリーズ内の『洛北諸道』の中で、こう描写されています。


鞍馬寺の大きな石段の下に鞍馬街道が走っている。その街道に沿って、京格子のふるめかしい民家がびっしりならび、山峡の風が吹きぬけているあたり、いかにも古街道のおもかげがのこっているが、この民家の軒下にひと群れのスタスタ坊主を配すればそのまま江戸中期の風景になる。


スタスタ坊主は願人坊主の一種らしいです。
私が見た風景は、司馬さんが見た時とものとほとんど同じだと思います。
土産物屋は少しあった気がしますが、街道沿いの家々は静かでした。
もっとじっくりこの眺めを味わいたかったのですが、時間が足りません。

明るいうちに鞍馬寺の境内も見たかったので、街道の半ばで踵を返しました。
途中、道沿いの民家から出てきたおばあさんが近所の人に、
「今日はウエサクさんだねえ」
と話しかけているのを聞きながら、鞍馬寺の入口に向かいました。



【2015/05/08 21:56】 | 紀行
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