FC2ブログ
歴史の隙間に埋もれた漂泊の芸能者たちの実像を追いかけています
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

時代ごとの旅芸人の変化を、大づかみでまとめてみました。

抜け落ちている要素もあるかと思います。

随時、加筆修正していきます。

(※2017年4月9日 修正)



【原始(先史)】(旧石器~新石器~縄文~弥生)

[旅芸人に関わるトピック]

・信仰の始まり。(※1)

・祭祀の始まり。(※1)

・芸能の始まり。(※1)

・稲作伝来と農耕社会の始まり。(※2)

・農耕民(定住)と非農耕民(非定住)に分かれる。(※2)

・プロ芸人の萌芽と、芸人への賤視の始まり。


※1 もともとは宗教的祭祀に奉仕するのが芸能のはじまりだった。

※2 稲作伝来により「日本人」の生活スタイルが変わる。縄文時代までの狩猟中心で獲物を求めて移動する暮らしから、弥生時代以降は農耕中心になり村に定住する暮らしがスタンダードとなる。



【古代】(古墳~飛鳥~奈良~平安)

[旅芸人/放浪芸の種類]

乞食者(ほかいびと)、傀儡子(くぐつし)、傀儡女(くぐつめ)

白拍子、田楽法師


[旅芸人に関わるトピック]

・大和朝廷を中心とした国家の建設

・仏教伝来

・非農耕民である漁民=海人(あま)の一部が乞食者となる。(※3)

・傀儡子とよばれる漂泊の芸能集団が現れる。

・「古事記」「日本書紀」にアマノウズメの物語が記される。(※4)

・「万葉集」に乞食者の歌が二首、収録される。

・奈良時代、散楽が中国・朝鮮から伝わる。

・延暦元(782)年には散楽の芸人たちを養成していた役所が廃止。芸人たちが各地に分散する。

・平安時代中頃、散楽の中の歌・踊り・ものまねが「猿楽」、曲芸・奇術が「雑芸(ぞうげい)」と呼ばれるようになる。猿楽は後に能狂言に進化する。

・平安時代、琵琶と仏教が繋がり、盲人が琵琶を用いるようになる。

・平安中期~末期、農耕儀礼だった田楽が、京都で貴族を巻き込み大流行する。

・嘉保3(1096)年の夏、「永長の大田楽」と称される田楽の熱狂が巻き起こる。

・遊女、傀儡子、巫女など遊芸民の歌謡を集めた「梁塵秘抄」が編まれる。編者は後白河法皇。

・大江匡房が「遊女記」「傀儡子記」を記す。


※3 乞食者の生業は、農村へ出向いて豊作を願う祝言を述べること。これが旅芸人の元祖であり、プロ芸人の元祖でもあるとされている。

※4 神話においてはアマノウズメが芸能の始祖とされている。



【中世】(鎌倉~室町(戦国/安土桃山))

[旅芸人/放浪芸の種類]

琵琶法師、七道者、説経師、祭文語り、

アルキ巫女、絵解き法師、絵解き比丘尼、

猿まわし、万歳師、太神楽、放下師(曲芸・奇術)


[旅芸人に関わるトピック]

・「散所」と「河原」に賤民がたむろするようになる。その中に雑芸能者もいて七道者とよばれた。

・散所に集まる雑芸能者は、声聞師(唱門師)の配下に置かれる。

・公家の日記に声聞師の活動(主に正月の祝福芸)の様子が記される。

・鎌倉時代も田楽の流行が続くが、鎌倉末期に衰退し、猿楽にとって変わられる。

・鎌倉時代、平家物語が成立し流行する。

・鎌倉時代、浄瑠璃が成立し流行する。

・室町時代、説経節が成立し流行する。

・室町時代、観阿弥と世阿弥が登場。猿楽を能へと進化させる。

・室町時代末期、出雲阿国が登場。歌舞伎おどりを生み出し流行させる。

・戦国時代、商取引が自由になり、各地に賑わいのある町が生まれる。そこに雑芸者が出没する。

・戦国の終わり頃、見世物小屋がはじまる。

・豊臣秀吉が声聞師を京都から追放する。声聞師が地方(関西~東海)に分散することになる。



【近世】(江戸)

[旅芸人/放浪芸の種類]

声聞師(唱門師)、説経師、祭文語り、瞽女、検校、座頭、琵琶法師、

万歳師、獅子舞、太神楽、春駒、大黒舞、人形まわし、夷まわし

虚無僧、辻浄瑠璃、辻講釈(講談)、辻噺(落語)、香具師(やし)

歌舞伎、人形浄瑠璃


[旅芸人に関わるトピック]

・信仰とは無縁のエンターテイメントとしての興行形態が確立する。

・身分制度が確立し、芸人は低い身分に位置づけられる。

・三代将軍家光の時代から芝居小屋(劇場)ができはじめる。

・元禄期(五代将軍綱吉の時代)、芝居見物が活発になる。

・元禄期、土御門家による全国の陰陽師支配がはじまる。地方の民間陰陽師の中に芸能者が含まれる。

・江戸中期までに説経節は衰退。語り芸の中心は義太夫節(浄瑠璃の一種)に変わる。

・人形浄瑠璃、歌舞伎、講談、落語が成立し流行する。

・都市及び地方でも歌舞伎や人形浄瑠璃の一座が組まれ、全国をまわるようになる。

・寛政期、寄席ができる。

・三味線が普及する。旅芸人の楽器の主流も、琵琶から三味線に変わる。

・香具師(やし)と呼ばれる大道芸人が現れる。

・見世物小屋が盛んになる。



【近現代】(明治~大正~昭和~平成)

[旅芸人/放浪芸の種類]

万歳師、節季候(せきぞろ)、祭文語り、瞽女、春駒、猿まわし、

太神楽、獅子舞、飴屋、紙芝居屋、香具師


[旅芸人に関わるトピック]

・明治維新と文明開花の影響で、旅芸人を巡る環境が大きく関わる。

・明治初期、全国各地で祈祷や民間信仰が禁止される。門付け芸人など遊芸民の活動も抑圧される。

・明治初年からの神道国教化政策によって神道以外の信仰は否定される。(※5)

・明治3(1870)年、陰陽寮が廃止される。

・明治4(1871)年、当道座(男性盲人の組織)が廃止される。

・明治4(1871)年、穢多・非人の制が廃止。雑種賤民層も平民籍に編入される。

・明治6(1873)年、梓巫女(梓神子)等の祈祷が禁止される。

・明治9(1876)年、東京府が年末年始の門付「万歳・厄払ヒ・セキゾロ」などを取り締まる。(※6)

・祭文は江戸から明治にかけて浪花節(浪曲)に進化する。

・歌舞伎、人形浄瑠璃、能狂言は「日本を代表する伝統文化」として現代まで残る。

・高度成長期の頃から、門付け芸人・大道芸人の姿が消え始める。

・1970年代、「ディスカバー・ジャパン」「日本回帰」「土俗回帰」が流行。

・1970年代、瞽女さんブームが起こる。

・1970年代、小沢昭一の働きかけで、60年代に途絶えていた猿まわしが復活する。90年代に反省ザルブームが起こる。


※5 陰陽師や修験者(山伏)は民間で布教してはならぬと布告される。

   仏教は後に復活するが、陰陽道と陰陽師は忘れられていく。

   (陰陽五行に基づく行事や生活習慣は残る)

※6 実際は正月の祝福芸は残り、昭和前半まで続く。



スポンサーサイト

【2017/03/24 22:32】 | 旅芸人の歴史
|
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。